【天皇杯】大学の優勝チーム一覧!最高成績や印象的なジャイアントキリングも見てみる

サッカー

天皇杯にはJリーグ以外のチームが出場できます。都道府県の代表として勝ち進んだ社会人チームや大学のチームなどです。ここでは大学の優勝チームを一覧にして見ていきます。

最高成績をおさめた大学はどこか、印象的なジャイキリと一緒にまとめました。

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天皇杯はジャイキリの宝庫

その社会人や大学のアマチュアチームがJ1、J2のプロチームと本気で戦う唯一の大会が天皇杯なのです。

そして天皇杯の醍醐味はトーナメントであることです。

一発勝負のためアマチュアチームがプロチームを倒す、ジャイアントキリングが起きやすいのです。

実際ジャイアントキリングはちょくちょく起こります。

特に大学のチームは地域でリーグ戦があったり、中にはJリーグのチームに入団することが決まっている注目の選手がいたりと、話題になりやすいです。

では、大学で優勝したチームはあるのでしょうか。2019年の大会で出場した大学の最高成績はどれくらいでしょうか。

 

天皇杯で大学が優勝したことってあるの?

1992年はJリーグが発足した年ですが、それ以降はすべてJ1のチームが優勝しています。それ以前もJリーグの前身となる企業のチームが優勝を飾っています。

さらにさかのぼると1966年の第46回大会で早稲田大学が優勝していました。今から50年以上も前のことになります。

この年の天皇杯について調べてみると、現在のレギュレーションとかなり違うことがわかりました。

出場チームは社会人チームから4チーム、大学チームから4チームの合計8チームでした。2019年の出場チームは88、そのうち大学チームは16でした。全国にサッカーチームがかなり増えていることがわかります。

 

大学の優勝チームを一覧にしてみた

優勝チーム一覧

1929年 関学クラブ(関西学院大学体育会サッカー部)
1930年 関学クラブ(関西学院大学体育会サッカー部)
1931年 東京帝大LB(東大サッカー部)
1932年 慶応クラブ(現役学生とOBらの混成チーム)
1936年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1937年 慶応義塾大学
1938年 早稲田大学
1939年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1940年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1946年 東大LB(東大サッカー部)
1949年 東大LB(東大サッカー部)
1950年 全関学(関西学院大学体育会サッカー部)
1951年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1952年 全慶応(現役学生とOBらの混成チーム)
1953年 全関学(関西学院大学体育会サッカー部)
1954年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1955年 全関学(関西学院大学体育会サッカー部)
1956年 慶応BRB(現役学生とOBらの混成チーム)
1957年 中大クラブ(現役学生とOBらの混成チーム)
1958年 関学クラブ(関西学院大学体育会サッカー部)
1959年 関学クラブ(関西学院大学体育会サッカー部)
1962年 中央大学
1963年 早稲田大学
1966年 早稲田大学

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wikipedia-天皇杯_JFA_全日本サッカー選手権大会
wikipedia-慶應義塾体育会ソッカー部
wikipedia早稲田大学ア式蹴球部
wikipedia-東京大学運動会ア式蹴球部

 

最高成績はこの大学

チーム別の成績をあげると、最多は慶応BRB、慶応クラブ、全慶応を含む慶応義塾大学で9回の優勝をしています。

ちなみに続く大学チームは関西学院大学(関学クラブ、全関学)の優勝7回、早稲田、東京大学(東京帝大LB、東大LB)の3回でした。

Jリーグのチームを含めても慶応義塾大学の優勝回数は最多です。天皇杯は歴史がある大会なので、古くからある有名な大学が記録を残しています。

 

印象的なジャイアントキリングといえば…

2019年の大会で法政大学がベスト16まで進みました。

法政大学は1回戦は千葉県代表のブリオベッカ浦安に勝つと、2回戦はJ2の東京ベルディにも0-2で勝利、3回戦はJ1のガンバ大阪にも0-2で勝ち、ベスト16に入りました。

ここまで失点は0という素晴らしい成績です。J2、J1のチームに2回も連続でジャイアントキリングを起こしたのです。

ベスト16にはJ1とJ2のチームが14チーム、アマチュアのチームは静岡代表のHonda FCと法政大学だけでした。

ラウンド16での相手はヴァンフォーレ甲府です。

ヴァンフォーレ甲府のロングパスでディフェンスラインの裏を取られ、崩されて先制されます。

法政大学はこの大会で初めて得点を取られましたが、後半ゴール前を固められても果敢に揺さぶり、クロスにべディングシュートで追いつき延長戦までもつれました。
結果、延長戦で失点し敗れましたが、この試合は多くの人が法政大学の応援をしていました。

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まとめ

・天皇杯はトーナメントのため、格下のチームが各上を倒すジャイアントキリングが起きやすく、醍醐味

・大学チームが優勝したのは、1966年に早稲田大学が優勝したのが最後

・2019年は法政大学がジャイアントキリングを2回連続で起こした

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